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冗長なだけのブログ。
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真
性別:
女性
趣味:
読書だったり飲酒だったり。
自己紹介:
2013年今日は。
札幌あたりで養蜂やったり酒飲んだり本読んだりアニメ見たりしています。 SFが好きです。 今年はもうちょっと、言葉を大事にしようと思います。
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Title : 長い、意味。
年明けからこっち、ずっといい天気。
寒いけど、冬はやっぱりこうでなくっちゃ。 新年明けました。 どうぞ今年もよろしく。 2009年はどんなことになるでしょうかね。 えーっと。 去年末から本を何冊か読みましたよ。 お休みは三が日だけって云う、なんか悲しくなる日程でしたけど。 …それでも休めるだけ幸せだー。 京極夏彦『鉄鼠の檻』1〜4 これも三度目の対面。 初めてと二回目の時はかなり意味が分からなくて、禅の説明の部分やらでいっぱいいっぱいになりながら読んでいたので、正直、ストーリーをあまり追えていなかったのでした。 だから、読了後の印象がかなりぼんやりとして、だけど疲労感だけは無駄にあって、なんだかケムに巻かれた様なイメージがかなり強い作品でした。 今回は、最初から禅の事などはどうせ理解出来ないだろうから、それはそれでキャラの動きやらストーリーやらをなるべく追って行こうと心がけたのが幸いしたのか、三度目にして漸く「あ、そう云うお話だったのね?!」と思うに至りました。 …アホスギル。 と、今回読んで思ったこと。 心の動きを人に伝えようとする時、身近な手段として言葉と云うツールを使う事が圧倒的に多いと思うのですけど、同じ言語を使ったとしても当人同士の認識がずれていたり意味を取り違えていたり、言葉だけじゃなくてそれを伝えようとしていた状況だったり、口調だったり、はたまた受取り手の気分次第で左右されて、発した本人の思惑と違った風に伝わったりすることもままあると思います。 だから本来なら、なるべく本人の意図した通りに通じる様に認識の擦り合わせなんかにかなりの労力が必要と思うんですけど、まあ、まずやりませんよね。 でも、この作業って、やっぱり大切なのじゃないかしら、と。 私は所謂空気を読んだりよく気がついたりするタイプでは、全く、ないので(気を遣うことは結構してるつもりなんですけど、裏目裏目に出るダイプ(涙))、日常会話などでその場その場の瞬間的な、言外の「認識の擦り合わせ」が得意ではないのですが。 だからこそ余計に、言葉って重いと云うか、深いと云うか重要なんだな、と。 それでも言葉では伝えきれない事と云うものはありまして。 それが作中では「言葉にすると逃げて行くもの」と云う風に表現してあります。 酷く納得の行く表現です。 作品に絡んだ事で云えば、「悟る」ということは到底言葉では言い表せない境地なのですが、悟った事を本人は勿論、その人が悟ったかどうか判る人には判る、らしい、と云う。 私の拙い言葉でどう纏めても、なんだか「悟り」自体が酷く俗っぽく簡単な事みたいですけど。 でも、その到底言葉では伝えられない境地が衆生救済の為には必要とされている(悟る事だけが必要ではないと思いますけど)ので、それを実践されている多くの人々は、どうにかして後進にそれを伝えようとする。 そうやって形に表されたのが数多ある教典だったり書画、仏像だったりするのかな、と。 確か二巻あたりにその様な事を敦子が思う場面があると思うのですけど、それを読む少し前に殆ど同じ様な事を私も考えていたので、吃驚しました。 そして京極さんも、隙間を丁寧に丁寧にこれでもかと云うくらい埋めてゆく様に、多くの言葉を用いて作品を仕上げて行く。 つらつら思うに、「言葉にすると逃げて行くもの」は、誰の心にも有って、それに真摯に向き合い具に眺め、形に表していこうとすることが、表現者、実践者と呼ばれるに相応しい人々なのじゃないかしら、と。 京極作品の厚さと重さが、別のものに感じられた、今回の読書でした。 PR |
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