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2013年今日は。
札幌あたりで養蜂やったり酒飲んだり本読んだりアニメ見たりしています。
SFが好きです。

今年はもうちょっと、言葉を大事にしようと思います。
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おお今日は晴れだ。
羊さんのような雲が浮いている。
メー。
山羊もメー。




最近気付いたことがあるんですよ。

「表現すること」と「表現したことを、更にそれからどう(活用)するか」と云う事の違いについて。
違いについて、と云うか、この二つは全然違う事だったんだなー、と。
今更ですが。
あと、「表現した事を云々」って、要するに、「発表する」ってことだなーと。
…まあ、発表を含め、表現活動なんだと云ってしまえばそれまでと云えばそれまでですけどっ。

でも、単純に「絵が描きたい」「お話が書きたい」とかって云う気持ちと、「それで有名になりたい」って気持ちは必ずしもセットではない場合もあるしね。
田中一村とか…。まあそこまで行かずとも、って云う事もありますが。

何かそこでまた、じゃあ表現するってそもそも何の為だよって事になる訳ですが。
まあーコミニュケーションの一種なんだろうとは思う訳ですよ。
だとすれば、その表現した事もしくは表現しようとする気持ちみたいなもので、他者とコミットしなければいけない(? 義務はないのだけれども)のだろうから、やはり発表と云う行為も着いてくるのは、至極当然なのだろう、とは思う。
実際、人って生き物には自己顕示欲だの、そこまで行かずとも社会性と云うか周囲に自分の存在意義なんかを一定水準以上認めてもらえないと、辛い、と云う妙な本能があるもんだから、そう云う意味でも当然の結論なのでしょう。

でもそれだけでもない気がするんですよ。
何だろう。未だにそれ以上考えが及ばないでいるんですけど。
誰に褒めてもらえなくてもいい、誰に見てもらえなくていい。
だけど、手を動かさずにはいられない。って、衝動がね、私にも極々僅かながらあるんですよ。不思議な事に。いや不思議でも何でもないのでしょうけど。

自分の中のものをアウトプットする。どういう形にせよ。
そうすると、最早それは自分の中にあった時とは違って、自分と、他者になりはしないだろうか。
アウトプットする事で、自分とその作品(と云います。ここは敢えて)は、自己と他者になるって考えられないだろうか。
そこで、私(自己)と作品(他者)がコミットする。
なんて図式は、輪が閉じ過ぎだろうか。

「表現すること」は、私(自己)と他者がコミットする為の一つのツールであると同時に、私(自己)と作品(他者、あるいは自己の延長。限りなく他者に近い自己的なもの。でも多分厳密な意味ではきっと他者)がコミットする為のツールでもあるのではないか、とか。

はっきり云って、朧げに前々から考えてはいたけれど、今ほぼ勢いだけでキーボードを打っているので、穴だらけな内容だとは思うのですが。
まあそれはそれ。何かの表れなんだと思っていただいて。
いやもうちょっと、思考を深い所へ進めて行かねばならんとも思ってますが。



……今、物凄い身も蓋もない、ショウモナイ上に下劣この上ない事を考えてしまった。
あんまりにもあんまりなので、書きませんけどっ!
安易なニヒリズム良くない!


そう云った感じで、私の表現する事に対する思考のお散歩は続いてゆきます。
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